毎日新聞「今週の本棚」 2024.4.20
M.ヘラー、J.ザルツマン『Mine!』早川書房
日本で平和に暮らす我々は、「所有権」は国から保障されていると漠然と考えている。掌の中のスマートフォンや茶碗は確かに自分のもので、盗まれれば警察が取り返してくれる、と。ところが所有権は結構輪郭が怪しい概念だ。
近ごろとみに席間が狭くなった旅客機のリクライニングの例では、航空会社は「譲り合ってどうぞ」と言うだけでルールを明示しない。席数を増やしたいがために客に空間の所有権を調整させる「戦略的曖昧さ」だ。本書はそれに類する例を無数に挙げ、考え方の凡例を多様な角度から示してくれる。
著者らはアメリカの著名大学のロースクールで教鞭を執る不動産法の権威と環境法の専門家。暮らしに未知の領域が加わるたびに所有権は変容を余儀なくされてきたという。そこで「根拠」と「ツール」を組み合わせ、一見解決不能なジレンマを解くのが政治や裁判の場なのだと唱える。
「根拠」には六つある。古くから知られる「早い者勝ち」と「占有は九分の勝ち」、「労働への報い」と「付属」、「自分の身体は私のもの」「家族のものは私のもの」だが、時代により逆の論拠がせり出してきた。ツールには事前と事後、ルールと規範等がある。
落語の「井戸の茶碗」は、売った仏像から50両が出てきて、正直者の現所有者と元所有者が押しつけ合うという噺である。これなどは「付属」というべきなのだろうか。