増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』新潮社

伝説の王者の汚名を晴らす鎮魂の書

 これは私には書けなかった本。講道館が創った神話が隠したものに武徳会と高専柔道があり、嘉納治五郎が目指した実践武道は打撃ありだったこと等は、拙著『武道を生きる』(NTT出版)がすでに書いている。しかし私自身は柔道ではなくそうした打撃ありの総合武道に転身してしまったために、あえて木村先生に固執する必要がなかった。その点、著者は、あくまで北大柔道部出身という経歴にこだわり、柔道の範囲内において執念で数々のスクープをものした。しかしそれは、木村政彦か抱えた矛盾を著者自身が引き受けることでもあった。

 木村先生の矛盾とは、「力道山は自分と交わした八百長の約束を破った」と言いながら、そう訴える観客に対して交わした「力道山と真剣勝負をしてみせる」という約束を破ったというものである。夫が浮気をし、しかし浮気相手に裏切られたといって妻相手に嘆いているよなものだ。著者は木村先生の鎮魂のため、そうした矛盾をあえて抱え込んだのだ。