毎日新聞「今週の本棚」 2023.8.5
金井雄一『中央銀行はお金を創造できるか』名古屋大学出版会
黒田日銀の「異次元の金融緩和」は、見事なまでの空砲、空論に終わった。主唱者たちは「家計が消費に企業が投資にお金を使わないのはデフレのせい」と強弁、消費と投資を回復させるため日銀にインフレ目標の設定と金融緩和を迫った。ところ露ウ戦争で輸入物価が上昇、国内物価もインフレになったというのに、消費も投資も低調なまま。需要不振についての理解が根本から間違っていたのだ。
「日銀は市中を流通する貨幣量(マネーストック)を自由に増やせる」という前提が誤りだった。日銀は金融機関から国債を購入、日銀内の口座に振り込んでマネタリーベースを増やしたのだが、異次元なのは口座に蓄積された残高に過ぎなかった。
中央銀行は市中の流通貨幣量を管理しうると思い込む人は理論家に多い。1990年代には岩田規久男が、日銀の通貨量管理の甘さを批判した。その岩田が今回、日銀に乗り込み副総裁を務めたが、インフレにするどころかマネーストックの拡大も思い通りにはならなかった。
貨幣は経済活動の内部で求められて初めて口座から引き出される。中央銀行は間接的にしか影響を与えられない。著者はこれを貨幣創出の「内生説」と呼び、外から管理しうるとする「外生説」は「神話」ないし「天動説」と断定する。
著者はイギリス金融史の泰斗。外生説と内生説の対立は、近代イギリス経済史で幾度となく繰り返されてきた。ながらく決着のつかなかったこの論争を歴史から振り返り、内生説の正しさを主張している。