『ちくま』2025.1
書評 村上しほり『神戸』ちくま新書
「翻弄と復興の行政史」
「神戸」は語り辛い町だ。住民の誰もが自分にとっての神戸を語るが、共有される事実がないと感じることは少なくない。
いったん定着した先入観は変わらない。それについて村上しほりさんは「著名人や「声」の大きい人か語ったことは、引用されやすく「史実」になりやすい。その内容に誤りや偏重があっても、信じられて伝えられてしまう」と述べる。
典型的なのが「闇市」の帰趨である。闇市を生み出したのは日本人ヤクザと諸外国人だけではない。空襲跡に非合法で自生した闇市は進駐軍による占領と接収(1945~最長1952)の時期を経て、換地された。そこから生み出されたのがさんちか、さんプラザというハイカラな商業集積、モトコーなど高架下の狭小商店という神戸の中核的要素である。
『神戸』は江戸時代から筆を起こし前著を平易に書き改めつつ、震災後20年の「BE KOBE」という都市改造事業まで、「行政史」をたどり返している。
印象深いのが、神戸は東川崎町を東端とする「兵庫津」の歴史と六甲の自然を有しながらも、大水害や大空襲、占領や大震災という巨大な力に幾度も翻弄され、たくましい民間の力とそれを制御し秩序へと誘導する行政権力によって復興したという歴史観だ。