中村琢巳『生き続ける民家 保存と再生の建築史』吉川弘文館

 日本の住宅の寿命は約32年。世界に類を見ないほど短かく、イギリスでは約80年。アメリカにしても約67年で日本の倍近い。日本は震災国だとか欧米のように石造りじゃないからと考えがちだが、そうした短慮を根底から覆すのが本書である。江戸中期から後期にかけて成立した「近世民家」は長寿命こそが民家の特徴だった。
 興味深いのは、借財を残した百姓が家屋敷・家財道具を売り払って返済に当てた「分散」の記録だ。一軒丸ごとで売るのではなく、柱や桁・梁といった構造材、鴨居や敷居、天井や床といった化粧材、戸や障子、押し入れ戸といった建具に解体し、古材として売り立てている。民家は一戸建てだけではなく部材としても流通した。
 古材は資産であり延々と利用された。そうした木材循環の生活文化がクライマックスを迎えたのは明治期だったと著者は推定する。明治末からは機械製材が増え、木材は価値が下がって、循環させる動機が失われた。
 新築し廃棄で生命を終える現代とは対照的な住宅観である。
 近代の快適さはもはや手放せない。それでも季節感や地域性、自然との共生といった美質は継承したくなる。本書は我々が半歩後戻りする手がかりを与えてくれている。