毎日書評賞の選考を、前回より池澤夏樹氏とともに担当することとなった。今回はさらに高樹のぶ子氏にも加わり、選考会では活発な議論が交わされた。

といっても、選びあぐねて意見が相違したというのではない。書評として高い水準の作品が多く、本業の知見を傾けユーモラスにサービスをして、ときにギラっと光る刀で切ってみせるさまに、居住まいを正さずにはおれなかった。

水準が問題ではなかった。典型的な書評の枠からはずれた、エッセーもしくは本の「オススメ」もここ数年来、増えており、「そもそもどのような書き手が書評賞にふさわしいのか」から議論を始めなければならなかったのだ。
けれども結果的に、極めてオーソドックスな書評集を選ぶことができた。海部宣男『世界を知る101冊』岩波書店である。

発表の舞台は毎日新聞、その15年分の集大成だ。しかし取り上げるのは文学やエンタテイメント、社会科学といった「文系」書ではない。著者は国立天文台名誉教授でハワイ観測所プロジェクトでも重責を担った海部宣男氏。つまり科学書の書評集なのである。

自然科学は分野が細かく分化しているので、専門外の分野を見通すのはよほどの教養がないと難しい。それをよく平易な文体で過不足なく紹介するものだなあと普段から瞠目させられていたが、101本が一冊にまとまると、さらに別な味わいがある。通読するだけで、最近の科学の動向が分かった気にさせられるのだ。海部氏も「科学全般へのガイド」たらんと意識しているようで、宇宙論や天文学のみならず、化石や脳・心、進化に物理学、科学行政から温暖化論と幅広く選書しまとめのコラムを加えている。

しかもシュメル神話やヒッタイト文化、ジャガイモの来た道やハワイ王朝最後の女王などにかんする人類学や歴史といった文系ジャンルの本も少なくない。そしてそこにも通底するものがある。それは「世界を知ること」「忘れられた過去と出会うこと」という線で選ばれた本だということ。なるほどこれは「科学」に近いものの見方だ。著者は博物館めぐりが趣味というが、博物学的ブックレビューと言うべきだろうか。

それにしても、想像力が刺激されること!かつては「へんなもの」でしかなかった恐竜化石が進化論によって正当な位置を与えられると、カンブリア紀には奇妙奇天烈な生物が地球を覆っていたことが分かった。その生命も、幾度か大絶滅しては復活している。いまなお、地底高熱生物圏には量的に地上を上回る生物が住み、京都の地下には琵琶湖よりも大きい「化石水」が眠っているらしい。

「放射性炭素年代測定法」や「微量分析法」といった調査法の洗練も目覚ましい。遺物の年代や原産地につき、相当の精度で特定できるようになった。その成果のひとつが、1991年にアルプス山中で氷漬けになって発見された男(アイスマン)だ。

当初は数年前の行方不明者とみられたが、調査の結果、なんと5000年前の遺体と判明した。新石器人が普段着で道具を持ったまま、突如我々の眼前に現れたのだ。放牧生活を送り、事件に巻き込まれ山に逃げ生き倒れたとの仮説が有力だという。

豆知識にも驚く。ラッコは貝を割るために石を二つ持ち運んでいるらしい。野口英世はデータを改竄していたことが明るみに出た。まさしく、事実は小説よりも奇なり。科学がぐっと身近に感じられる名著である。